ファリスが風邪を引いた。
心配した仲間達が宿で休む事を提案したのだが、彼女が素直に頷く筈もなく結局。『風邪は万病の元』と言う言葉を、眉を寄せながら悲しげに零した可愛い妹の言葉に、ぐうの音も出ないファリスは渋々と従う他なかった。
クリスタルと愉快な仲間達~ファリスが風邪を引きました~
「あー。もう駄目。暇だー」
そう言いながら、むすりとした表情でベッドに横になっている中世的な表情の男性――基。美しい女性の表情が、眉間の皺と共にさらに歪んだ。
愚痴とも取れる言葉と同時に、ベッドから起き上がろうとしている彼女の姿を見た可愛らしい聖女を思わせる女性――レナが、苦笑いを浮かべて微笑んだ。
「ファリス」と、レナに名を呼ばれ我に返ると、ファリスはおとなしくベッドに横になる。
「ったく、大した病気でもないのに…」
ファリスがポツリと呟いた言葉は、誰に聞かれる事無く掻き消された。
レナ心配性だ。風邪を引いただけだと言うのに、過度に心配されすぎでは?と思う。
自分は風邪くらいで参る様な身体ではない。それは海賊と言う過酷な世界で生きてきた環境の
せいでもある。
風邪位で休んでしまえば、時として命に係わる事もあるので、尚更だった。
そう生きていくうちに、身体が慣れてしまった。どこぞの男よりも、丈夫な身体だとは思う。
そう思う……。だからそんなに心配しなくても。と、目で訴えるが、レナはやんわりと微笑んでファリスの長い髪を撫でた。
「っ~~!!?」
恥ずかしさから、一気に顔が赤くなる。
何だかとても恥ずかしい事をされている。
これではまるで母親が恋しい子供みたいではないか…
だが、振りほどけない。不思議と身体に力が入らない。それ以前に、撫でられている手がとても心地よい。
彼女には人を優しくさせるような。穏やかにされるような。そんな不思議な力があるとでも言うのだろうか。
「(ああ。何だろ…この感覚)」
瞳を閉じると、暗闇にぼんやりと浮かぶ誰かの姿。
優しい瞳でこちらを見つめ、微笑んでいる。
何処かで感じた事のある感覚。
とても、とても懐かしい記憶が―――…
瞳を開けば微笑んでいるレナが瞳に映った。
言葉では言い表せない。慈愛…みたいな。母性?とでも言うのか?何て言うか…兎も角。不思議な懐かしい感覚だった。
「ふふ。私、いつも姉さ…ファリスには助けてもらってばかりだから、少し…ううん。凄くうれしいわ」
嬉しそうにレナがそう言うものだから、これ以上何も言えなくなってしまった。
あれだけ文句を言っていたファリスが…と、クルルとバッツは目を丸くして見つめ合い。本人に聞こえない様にくすりと笑いあったのは、ここだけの話にしておく事にした。
暫くしてレナが必要な物を買いに行くと言い部屋を出る。
本来ならバッツが行くべきだと思ったのだが、レナは「一人で大丈夫」と俄然やる気に満ちて、三人が口を挟める状況ではなかった。
きっと大好きな姉の役に立ちたいのだろうと、バッツとクルルはこれ以上何も言わず。見守る事にした。
無論。ファリスも同じ考えなのだろう。それ以上何も言わなかった。
暫しの静寂…―――を、破ったのは、ファリスの言葉だった。
レナが外に出るのを確認したファリスがニヤリと微笑むと、がばりとベットから起き上がる。
「バッツ。暇だから俺の話し相手になる事を許そう…」
「って、うぉーい☆」
「ははは…」と乾いた笑みを零し、バッツは目を細めた。
何故に上から目線なのだろう。怒りを越して何だか呆れてしまう。あ、それとも俺の感覚が変なのか?と思うが、「まぁ、一応病人だし…」と抑える事にした。
「んで、お前レナと何処までいった?」
「ぶはっあ!!」ファリスの直球な質問に思わず飲みかけていた水を吹き出してしまった。
「汚い!」とファリスの鉄拳が飛んできたが、先ほどの言葉をスルーするスキルをバッツは持ち合わせていない為。鉄拳を食らった理不尽な事など、頭から吹き飛んでしまった。
「まさかあんなに可愛いレナに手を出していないって……お前……男、だよな?」
「あ、あのな。お前本当に風邪なのか?」
げふげふと瞳に涙を溜め、咽ながらバッツはファリスを睨む。
視線を泳がせたファリスがわざとらしく「ふふふ~ん」と鼻歌を歌っている。
まさかファリスはこれを言うために、レナが一人で買い物に行くのを許したとか……・・無いよねーーーーwwwww
「いやー、暇でさー。話し相手位になれよ…。んで、レナとは…」
まだそれを言うか!と、言うか…何と言うか。こう言う感じのノリを、以前何処かで感じたような……
そして激しく嫌な予感がするのは、気のせいだろうか。
「どうもこうも、何もないよ。大体あの時お前が邪魔してって、っっ……」
と、言いかけバッツの表情が一瞬で赤く染まる。
今更だが。本当に今更だが、思い出してしまった。あの瞬間。
レナが風邪を引いて、そして…
そして、お互いに、お互いしか見えて居なくて―――
そうだ。あの時。あの時ファリスとクルルが来なかったら、一体如何なっていたと言うのだろう。事の重大さを、今になって噛みしめている。
ああ。自分は彼女に対して、大変な事をしてしまったような気がする。否。気がするのではない。大変な事をしてしまったのだ。
急に、にやにやしたり。そうかと思えば、行き成り真っ青になったり…
そんなバッツの変態チックな顔(失礼)に、ファリスの表情が見る見るうちに暗黒に変わる。
どす黒いオーラに気が付いたバッツが、小動物のリスの様に小刻みに身体を震わせる。
まずい。これ以上はまずい。まごうかたなき命の危険に晒される。非常に言ってはいけない事を言ってしまったような気がする。
だがしかし、頭では理解していても恥じらいを隠す事は出来ない。まして隠し事が苦手な自分の性分では尚更の事、無理な話だ。
脳裏に焼き付いて離れない。あの時のビジョン―――そう。もしもあの時。彼女に―――していたかと思うと………
「(あああああああああああっっ!!俺はこんな時に、何を考えてっっ――――!!!!)」
ドゴ!
「どふぅっ!!」如何すればそんな声が出せるか?と言う悲鳴と当時に、頭を押さえ悶絶するバッツ。
問答無用のファリスの鉄拳制裁は、見事に彼の頭上にメガヒットした。
「おめぇぇっっ~~!俺の可愛いレナになんて下劣な事を!!」
「せめて違う言い方が無いのかよ。っーか、お前は手を出すとか出さないとか…どっちだよ。あー。もー。痛ってぇなー…」
頭を擦りながら、少々涙目になっているバッツを満足げにファリフはからからと笑いながら見る。当然!と、言う感じで何度も頷く姿を見ていると、バッツは少し泣きたくなってきた。
「ま、気にするな。暇と言う名を借りた、ただの八つ当たりだ」
「さようでございますか……」
もう、好きにしろよ。と、言う感じで流すやり取りは、長らく付き合った友人のようで…
少し照れもあり、バッツは視線をファリスから逸らす。半分はこれ以上彼女の八つ当たりを食らいたくないと言う理由があるのだが、それは言わないでおこう。
「それにしても…」と、バッツがクルルの方へと視線を向ける。視線を向けられたクルルは「ん?」と首を傾げ読んでいた本を閉じた。
しかし、今まで繰り広げられていた二人の会話やどつきあいを完全にスルーするとは…かなりの大物だ。
「お前だけ風邪ひいてないし、もしかしてクルルは馬k…
ドガ!「馬鹿じゃないもん。子供は風の子でしょう?それに、馬鹿って言う方がバカなんだよ。テヘ☆」
頭を擦りながら悶えているバッツを、ペロリと下を出して笑うクルル。その手にはモーニングスターが握られていた。
普通の人間なら「テヘペロ☆」では済まされない。が、無邪気な殺意をバッツは気のせいにする事にして、クルルのクリティカルヒットから立ち直ったバッツは、「はんっ」と、誇らしげに鼻を鳴らした。
「それなら俺の方が風のk…
ドゴ!「バッツ。お前ウザイ…」今度はファリスの鉄拳がバッツの顔にめり込んだ。それは、本当に病人か?と、思えるほどの破壊力で…
「っ~~。だ・か・らー、如何して俺が、殴られないといけないんだ!!」
「さっきから言っているだろう?暇と言う名を借りた八つ当たり☆」
「うぐぐぐ…」
「そんな事で怒るなんて、単純だよねーバッツは…」
「クルルは、ファリスの味方なんだな」
「うーん。私は、自分に火の粉が被るのを避けたいだけだし…」
「あの事言うぞ…」
「別に~~」
「む…」
「ふっ。仲間割れか?バッツ。クルル。何なら二人相手にしても良いぞ?」
「その言葉は、後で後悔するよ。この中で一番強いのは私だもん!」
「俺の方が強い!」
「俺だ!!」
「私だもん!!」
「「「・・・へぇ~~。じゃぁ試してみる(か)?」」」そう言い放ち。三人は顔を見合わせ、「ふっ」と微笑を浮かべた。
実際には鳴っていない鐘の音。しかし、三人の中で確実に“ゴーン”と言う戦いのリングの鐘が鳴った。
「遅くなってごめんなさい。姉―――………」
絶妙なタイミングで帰宅したレナが見た光景。
狭い宿屋の部屋で、どたどたと暴れる三人。
エスカレートする喧嘩。
ギャァギャァと五月蠅くなる騒動。
繰り広げられる魔法と鉄拳。
破壊されていく部屋。
ふるふるとレナの肩が揺れ、俯いている彼女の肩の震えが止まった瞬間―――
「もぅー。いい加減にしなさーいっっ!!!」レナの堪忍袋の緒が切れ、宿屋に響くけたたましい声に、三人がぴしゃりと正座したのは言うまでもない。
取りあえず。今日もクリスタルと愉快な戦士達は元気でした。
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