朦朧とする意識の海
伸ばした指先の先にあったのは、私の好きな蒼色―――
クリスタルと愉快な戦士たち~紙一重な恋心~ぼんやりとした意識の中、瞳に映った見慣れない天井。曖昧な記憶を辿り行き着いたのは目覚めて感じた全身の怠さと、ずきずきと痛む頭。
深い息を吐けば、熱いと息が零れた。
「(ああ。私、確かあの時…)」
そう思いながら視線を横にずらせば、腕を組みながら瞼を閉じている青年が居た。
規則正しい呼吸のリズムを奏で、コクリ。コクリ。と、夢の端を渡っている。
きゅっと結ばれた唇。刻まれた眉間の皺。
あまり見る事が無い青年の表情が珍しく、少女は思わず手を伸ばすが、寸での所で止めてしまった。
青年を見つめ考えた少女は、暫くの間をおいてやがてくすりと苦笑いを零した。
微かな音を感じたのか、青年は慌てて少女の方を見つめる。
「レナ!大丈夫なのか!!」
よほど慌てていたのか。前のめりにつんのめる形になり、バランスを崩して椅子から転倒してしまった青年は、「いてて…」と、後ろ頭をガリガリと掻きながら気まずそうに少女――レナの方へと視線を向けた。
青年の慌てようが、可笑しくも、嬉しくもあり。レナはこくりと頷ずくと、小さく青年の名を呼んだ。
「バッツ。わたし、どうして―――…」
虚ろな表情で、途切れ途切れの言葉。
鳥のさえずりのように美しかった声は擦れ。吐息は熱を含んでいる。ゆらゆらと揺れる宝石のような翡翠の瞳は、心なしか潤んでいた。
「っ―――…」
そんなレナを見て、どきりと青年―――バッツの心臓が跳ねた。
「(いやいやいや!そんなやましい気持ちは)」と、何度も首を振り懸命に“それ”を否定するが、言い訳すればするほど恰好が悪くなるのは、気のせい…否。気のせいではないだろう。
如何する事も出来ない心に乱れに、バッツはこくりと喉を鳴らすと、まくし立てるかのように早口で言葉を繋いだ。
「あ、あのさ。レナ熱があって、風邪だと思うんだけど、あ、風邪で…だな。それで、過労も重なって倒れたんだろうって。それで、近くの宿に運んで、ファリスとクルルが今、必要な物を調達してくれて。それで、俺はレナの側に居るようにって言われてさ…って、あ!病人の目の前で寝るって、俺最悪だな…ごめん、」
一気に言葉を言ったせいか、バッツは息を切らしている。ぜいぜいと、肩を揺らすほどの荒い呼吸。
バッツの早口と慌てぶりに、レナは言葉を失い。何度か瞬きを繰り返すと、くすくすと笑い。ああ、彼らしい…と、ホッとした。
「私はもう大丈夫よ。でも、迷惑かけて、ごめんね?」
皆も度重なる戦いに疲れているだろうに…とレナは表情を曇らせた。切なそうに言われた言葉に、バッツは胸がちくりと痛むのを感じた。
いつも皆を心配して、人の為に頑張って、優しさを…いたわりを与える彼女。こんな小さな身体の何処に、そんな力があるのかと、時々不思議に思っていた。
無論それはタイクーンを治める為の教育のたまものと言えば、それはそうなのだろうが…共に旅をして、少し違うような感じもした。
儚くて、優しげで、か細くて…初めて出会った時は、そう思っていた。
だが、その考えは少し間違っているのかもしれない。違う思いなのかもしれない。
本当の彼女は、きっともっと―――…
バッツが優しく桜色の髪を撫でると、レナは恥ずかしそうに視線を背けた。
優しく、何度も頭を撫で、愛しむかのように頬を撫でられた時―――何かを言いたげに、一瞬だけレナが視線をこちらに向けるが、「(見なかった事にしょう)」と、バッツは心の中で一人自己解決し、無言の抗議は呆気なく終了してしまった。
「迷惑なんかじゃない。皆レナが好きだから…」
好き、だから。大切だから―――…
「だから、笑って…」
笑いながらそう言う彼が、優しく頭を撫でてくれるものだから、優しく笑ってくれるから……
じんわりと瞳に滲んだ涙を、武骨で大きな手が優しく包んでくれる。
温かい感触に、優しい感触にレナはゆっくりと瞳を閉じ、頬を包み込んでいる大きな手と自分の手を重ね合わせた。
「ありがとう。バッツ…」
見つめ合う互いの息が近くなる。
重なっている互いの手から感じた熱と、じんわりと感じた汗。
レナの唇がゆっくりと青年の名を呼んだ時。翡翠の瞳に映った色が蒼く染まり―――ガタンと音と共に時が止まった。
「なにをしているんだい?バッツくん…」
「あー。二人して何をしていたのー?怪しいんだ~~」
「「 ・ ・ ・ 」」
フリーズしている二人の時を戻したのは、ファリスの冷酷なまでの殺気と、面白そうなものを見たと言うクルルの声。
「……何で、レナが泣いているんだ?」
名を言われたレナが、ひゅっと肩を揺らし、何かを言いたげにふるふると首を振るが、動転しているためか声が出せず、言葉も出ない。
「ふーん…」と今まで聞いたことがない様な冷たい声。そして、冷徹なまでの殺気と、どす黒い視線。
怖い。怖いのですが…
「はは…」っと笑うが、たらりとバッツの背中に冷たい汗が伝う。
「それよりも、レナから離れようか。変態…」
「へっ!?」・「えっ!?」
間の抜けた返事をした二人の間を容赦なくすっぱりと割り。にっこりとほほ笑みを浮かべながら、バッツの首根っこを掴み「貴様を殺害しよう」と微笑を浮かべたファリスは、バッツと共に扉の向こうへと消えて行った。
残されたレナは、少々気まずい空気をかもしだし、そわそわと視線をあちこちに漂わせていた。しかし、クルルは気にする事無く無邪気に笑う。
「レナの顔、凄く赤いよ…」
「―――!!」
声にならない声。抗議しようにも、声が言葉にならない。涙目で小さな少女を見つめたレナは、ぱくぱくと金魚の様に口を開け閉めしている。
それを見たクルルは、にんまりと笑みを零し、満面の笑みで「風邪の所為…なの?」と直球の言葉をレナに投げた。
「っ―――!」
ぼっと音が出たのではないかと言う位に顔を赤くしたレナは、恥ずかしさから、全てを隠すかのように毛布に顔を埋めた。
心臓がドキドキして、呼吸をする事すら出来ない。
これは風邪の所為?それとも貴方に恋をしているから?
―――ああ。何て、紙一重な恋。
如何か、如何か…この胸の高鳴りが
この熱が
風邪の所為でありますように―――…
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