FINAL FANTASY parallel~女神様は微笑まない~
満月の夜――青白い月明かりが、儚げに少女を照らしていた。
肩まで掛かっているサラサラ桜色の髪。ふっくらとした真っ赤な唇。愁いを帯びた翡翠色の瞳。白い肌は月明かりに照らされ、それはまさに神聖な存在。月の女神のようだ。
しかし、そんな美しさには相応しくない表情を少女は浮かべている。
深い、深い―――深海の海よりも深い溜息。
それはこれから起こるであろう“事”の重さが原因だった。
分厚い書類を机の上に置くと少女は静かに窓辺に移動した。
かちりと鍵を開け、窓を開放すると、部屋一杯に新鮮な風の香りが充満した。ふと少女が空を見上げれば、変わらない風景がそこにあった。
真っ暗な闇の中。光り輝く無数の星と月の光。
ゆったりと瞳を閉じると、さわさわと心地よい風が頬を撫でる。木々や草花が揺れる音。虫達の声。何処か遠くで泣いている動物達の声。
人々が、様々な“生”が住まう世界―――
この美しい世界を―――なんとしても守らないといけない。
閉じられた瞳をレナはゆっくりと見開いた。何かを決意したかのように頷くと、小さな手をきつく握りしめる。
迷っては居られない。今こそ行動に移さなければ、何時。誰が、それを成し遂げると言うのだろう。
顔を上げたその時だった。何か大きな黒い影がレナの目の前を――――「え…?」
そう言うのか、顔を驚かせたのが先か。レナの瞳の中に蒼が広がった。
「わっ」と言う声と同時に、ドスンと言う音と鈍い痛み。何が起こったのか確かめようと、手探りで目の前にあるそれに触れる。
ごわごわとした感触――如何やら落ちてきた“人”が自分に覆いかぶさっているようだ。
懸命にか細い両腕を、相手の肩に押し付け引き上げようとした時。落ちてきたであろう“人物”と目が合った。
「・・・」
「・・・」
何度も瞳をぱちくりさせる。息を呑む事すら、呼吸すら出来ない。
まるで時が止まったかのような―――そんな刹那の瞬間。息をする事すら忘れてしまい…
一時だけ固まって、我に返る。
今、自分の目の前に居る人は・・・誰?
ぼんやりとした表情で、レナは目の前に居る人物を見つめた。
無造作に伸ばされているぼさぼさの茶色の髪。印象的な蒼い瞳の…おとこの・・・ひと?
お、男の人ぉぉ――――!?
さぁーっと男の顔が青ざめると同時に、「キャ―――むぐむぐっ・・・」口を大きな手で塞がれた。
「あー、その。行き成りごめん。何かここすげぇ広くて、迷ってさ。俺、何もしないから…だから、取りあえず話だけでも聞いて欲しい」
口が塞がれ喋る事が出来ないながらも、ちらりとレナは男を見つめる。瞬きもせず、ただじっと見つめ続ける。
底知れない何かお思わせる翡翠の瞳に、ギクリと蒼の瞳が揺れた。
「ごめん。その…落ち着いた?」
必死な説得で、男がレナに言葉を伝える。
こくりと小さく頷くレナが頷くのを確認した男は、そっと手を離し―――…「キ―――…むぐっっ―――・・・・!!」
「危害を加える気、本当に無いから。だから、叫ばないでくれ…」
妙にあたふたとしながら男がそう言うものだから、レナは取りあえず落ち着いた。
確かに彼が自信に危害を加える気があるとすれば、もう少し穏便に事を運ぶだろう。見たところ彼は丸腰だ。自分の命を狙ってここまできたにしては少し様子がおかしい。
眉を寄せ困っている青年を、レナは暫く見つめていた。
悪い人……ではなさそうだ。
理由があるのだろうか?話を聞くだけ聞いた方が良いのだろうか。
しかし今、自分がここで何か問題を起こせば、事態はもっと大変な事になりそうで…
普段ならこんなに人を疑う事なんて、ないのにな…とレナは少し悲しい気持ちになった。
ぼんやりとそんな事を思っていると、バタバタと駆けつける足音と、扉を叩くノックの音。
大きな音がしたので、何事かと駆け付けたのだろう。思っていたよりも早い到着に、レナはやはりと確信をもった。
「(やはり、このままでは…)」
レナの表情を見た青年の顔が青ざめる。それを見たレナは、思いついたかのように口元に人差し指を当てた。
「レナ姫、如何かしましたか!?何やらすごい音が―――「大丈夫、何もないわ。机の上にあった物を全部落としただけよ…」
ぴしゃりとそう言ったレナを、「何故?」とばかりに男が見つめている。
あんなに慌てて弁解していたと言うのに、そんな顔をされたものだから、レナは少しだけ可笑しくなってしまい。はにかむように微笑んだ。
やがて静かに足音が遠ざかり、消えて行った。
暫くの静寂の後。一番先に口を開いたのは男の方だった。
「何故、何も言わなかったんだ?」
「何故…って、話を聞いてくれって言ったでしょう?」
「あー、うん。確かに言ったけど、俺の事、信用して良いの?」
もっともな質問を投げかける。
侵入してきてこんな事を言うのも如何だろうとは思うが、彼は純粋にそう思っているのだろう。
「私を殺そうと思えば、今できるでしょう?貴方はそれをしようとしないし…」
何より―――…
気づかれない様に、レナは男を見つめた。
初めて会った時も思った。
心の奥底で感じる違和感。この違和感は一体……
「それに…ふふっ。侵入者ならもっと静かに侵入するはずだし・・・」
「まぁ、確かに…」
くすくすと笑いながら言うレナに、ぐうの音も出ないのだろう。男はがりがりと無造作に後ろ頭を掻くと、肩を落とした。
「私の名前はレナ。レナ・シャルロット・タイクーンよ…」
「俺はバッツ。バッツ・クラウザーだ。世界を旅してる」
「そう…バッツ」
何かの言葉に反応しているようなレナだったが、それに気づく事無くバッツは話を続けた。
「レナは、タイクーンの姫だよな?でもここって…」
「あら…知っていて侵入したんじゃないの?でも、見ての通り、ここはタイクーン城じゃないわ。ええっと、話せば長くなるの…」
そう言う少女の顔は、これ以上踏み込まないで言う表情だった。
これ以上何を言っても無駄だと思ったバッツは、それ以上何も言う事無く「そうか…」とだけ言うと本題に入る。
「話を聞いてってバッツは言ったわよね。それってこの城に関わっている事?」
「ああ。実は大切なものがここの城の主に手違いで渡ってしまってね。返せと言っても聞く耳持たないんだ…」
「それを取り返しに来たのね」
レナの言葉にバッツがコクリと頷く。
彼の頷きを肯定だと認識したレナが、言葉を続ける。
「取引したいの。貴方の大切なもの、私ならきっと取り返せるわ…」
「それは理解できたけど、レナの望って―――」
彼女は王女様で、王族だ。大抵の事なら何でも叶うだろう。
何だかしっくりこない。“王女様の願い“そんな大それた事を、果たして自分で叶える事が出来るのだろうか…
「俺にできる事なんてないと思うけどな…」
「今、叫ぼうと思えば叫んで……」
少しからかうかのように、うふふとレナは微笑む。
それを見たバッツは、慌てて何度も首を横に振り。肯定とばかりにこくこくと頷いた。
「分かった。分かったから。うぅ…。それで俺に頼みたい事って?」
嫌な予感しかしない。長年旅をしてきた旅人の勘(?)がそう告げている。これは危険だと。
関わるのは危険だと…
しかし、“アレ”の事を考えると…致し方がないだろう。
コクリとバッツが頷くのを見たレナが「ありがとう」と小さく言うと、両手を組んで上目づかいで男を見つめた。
「私をここ(城)から出してほしいの」
・ ・ ・ ・。
「・・・はい?」
一瞬。何を言われているのか意味が分からなかった。
ここ(城)から…彼女を………出す?
それって、つまりは―――…
「俺に、誘拐犯になれと!!?」
呟いたバッツを見つめながら微笑んでいる少女の表情は、まるで美しい女神様の微笑のようで……否。違う。これは微笑ではない。彼女は微笑んでいない。
もっと何か。別な何かを感じるのは……気のせいだろうか?
「はははっ」と、乾いた笑いを浮かべるバッツの表情とは真逆に、レナの表情はとても健やかだった。
―――彼らの長い長い旅が、ここから始まる。
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