君が居ない日々は、色のない白黒の世界だった。
ただ毎日が続いているだけの日々。
心の中に空いた虚ろを埋める事が出来るのは、君があの時歌ってくれた歌と優しい笑顔…
あおの記憶~Butz~薄暗い部屋の中。頼りないランプの炎が二人を照らしていた。
暖炉の炎はとうに消えている。外では雨でも降っているのだろうか、肌寒い。
あの後、気まずい雰囲気の中。夜になったのもあり二人は宿をとった。
仲間と過ごした冒険の日々は、野宿など当たり前だったが。重苦しい雰囲気のままの野宿は、流石に出来ない。
それに彼女は…
「(もう、二度と離したくない。そう思ったのに…な)」
後悔した。絶望した。
あんな思いは、もう、二度と…
無言のまま、悪戯に過ぎさる時。一分が一時間と言う位の長さにすら感じられてしまう。
男は喉を小さく鳴らし、肩で息を吐く。
何て言うか、気まずい。空気が重い。
改めて彼女を見る。
背まで伸びた桜色の長い髪。あの時よりも細く見える華奢な身体。
もともと華奢な身体だったが、ランプに照らされた彼女の小さな身体は、その頼りなさからか。余計に細く見える。
何にせよ、あの時から一年。その時間(とき)の長さの中。自分には到底理解できない何かが、彼女の身にあったのだろうか?
今の彼女には何も感じられない。何もない。誰よりも優しく微笑む笑顔すら…
レナはただ一点を見つめるばかりで、こちらの方を見ようともしない。
「(本当に、忘れてしまったのか?)」
何度も生死の境を彷徨い。時には助け合い。派手に喧嘩もした。それでも、仲間という唯一無二の絆の有難さを知った。
あの時―――自身の故郷が無に呑みこまれた時。一番存在を感じたのは…彼女だった。
何も言わず、ただ。彼女は自分の側に居てくれた。それは自身の心に強く響き。在ってくれた事に感謝した。
考えても仕方がない。失われた記憶が、二度と戻らないという事はない。だが、その反対もある。
いつ戻るのか、もしかしたら二度と戻らないかもしれない。
思考がどんどんマイナスな方向へ行くのを、首を振り否定する。
今は、彼女の生還を喜びたい。
例え、俺の事を覚えていなくても…
ぱっと顔を上げ視線を彼女の方へと上げた時。それは見えた。
ちかりとランプの光に反射した蒼い石に、バッツは思わずレナに問いかける。
「それ…は?」
「え?」
弾かれたかのように返事をしたレナは、バッツが向けている視線の方へと視点を合わせ、ギクリと背を固めた。
何気ない一言だったのだが、彼女は空を呑んだ。見る見る変わる表情に、後悔した。
「―――これ…は。これは、大切な人の物なの…」
そう呟いた彼女の瞳と声には、戸惑いと切なさが含まれていた。
「(大切な人―――?」」
―――ずきりと胸の奥が痛むのを感じた。
レナの首に掛けられた小さな石の付いたリング。よほど大切なものなのだろう。何度も握りしめては悲しげに目を伏せる。
視線を外そうにも、彼女からは視線を外せない。
だから嫌でもその姿と石が視界に入る。
複雑な思いとは裏腹に、ラピスラズリの石はランプの光に照らされ美しく輝いている。
大切な人…
心に錘が伸し掛かったかのような、言葉。
ぼんやりと、だが冷静にそう思っている自分がいる事にバッツは驚いた。
ああ、居たんだ。君にそんな人が…
いつからだろう。それとも、初めて会ったあの時から、俺が知らないだけで…
バッツの事情など知らないレナは、気まずそうにもじもじとしている。時折何かを言おうと口を開くが、躊躇しているのか?結局、言葉を発することはなかった。
申し訳なさそうに…一瞬だが、こちらを見つめ目を伏せた。
「…ごめんなさい」
空耳だったかもしれないが、確かに聞こえた消え入りそうなか細い声。
―――気遣ってくれている。
ああ、彼女はそんな女(ひと)だ。
どんな時も、例え自分の身が危うくとも、誰かを優先させる。
全てを包む、優しい海の様な青
記憶を失っていても、彼女は彼女で―――…
考えすぎていた自分が、馬鹿馬鹿しかった。自分の心の幼さに嫌気がさした。
「あ―――。その、ごめん…」
「え?」
何に謝られているのか理解出来なかったのだろう。彼女の眼はビー玉より真ん丸で…
癖のある茶色い髪をポリポリと掻きながら呟く。
もう少しはっきりと言葉を言いたかったが、恥ずかしさもあって言えなかった。
「レナが記憶喪失だって知らないで、俺。色々嫌な事言ったし、無神経な事言ったな」
「でもそれは、貴方が悪いわけではないと思うわ」
首を傾げてそういう彼女は、本当に何を謝っているのだろうかという表情だ。
ますます自分の子供っぽさに嫌気がさした。
「うん。そうなんだけど…あー、もー、なんて言えば良いんだ。うん。レナが無事でよかったって真っ先に思って…でも、あの時。俺、やき~~っっ……」
言いかけて、ハッと言葉を飲み込んだ。
言えない。絶対にこれは言えない。
第一彼女には“大切な人”が居る。俺、馬鹿みたいじゃないか。うわー。本当。何を言おうとしているんだよ。
そのまま机に突っ伏して、きっと…いや、絶対に赤いであろう顔を隠した。
ぱちくりとレナは瞬きを繰り返す。
あっ、―――笑った。でも、ちょっとぎこちない。
こくりと小さく彼女は頷くと、一瞬だけ目が合う。が、すぐさま逸らされた。
「ありがとう…」
レナが小さな声で呟き、複雑そうに微笑んだ。
これ以上何も出来ない。掛ける言葉すらない。
仲間だった彼女は、今はただの知り合い。いや、もしかすると、それ以下…なのだろうか。彼女から警戒という目には見えない拒絶みたいなものを感じる。
「(大切な人…か」
重い石が全身に伸し掛かった感覚。心臓が握りつぶされたかのように痛みを覚える。
胸の奥に感じた痛みは、じわりじわりと切り傷の様に浸透する。
それでも。生きていてくれて、また出会ってくれて…俺の方こそ、ありがとうな―――。

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