不思議な話どの位、森を歩いたのだろう。ザワザワと吹く風が、嫌に不気味に聞こえてくる。
ただ風が吹いていると言う。ちょっとした事だけと言うのにも関わらす、とても不安だ。
一人と言う事だけで、こんなにも不安に駆られるものだろうか…
かさりと草々が揺れる――思わずレナは身構える。
「(まさか、モンスター!?)」
こんな時に…と、レナは自分の軽はずみな行動を悔いた。あの時。しっかりと前を向いていれば、仲間を見失う事もなかっただろう。
迂闊だった。背後からのモンスターの奇襲に、仲間達は散り散りになってしまい一人だけ逸れてしまった。
身構えるが、一人でどれ位、立ち向かえるだろう?と、言う言葉が脳裏を過る。
最悪の場合は―――…と、喉を鳴らす。が、しかし。一向に魔物が来る気配はない。それより何より。ふと感じる視線―――視線を下に向けたレナは目を大きく見開くが、
「え?バッ……あ―――」
ほんの一瞬だけ。焦ってしまうが、すぐに安堵に変わる。自分の勘違いだという事に気が付くと、レナは目線を少年と同じ位に合わせる。
「こんな所で、如何したの?」
「・・・」
首を傾げて問うが、問われた人物は押し黙ったまま口を閉ざしている。
じっと、こちらを伺う様にして居たのはモンスターではなく、小さな少年だった。所々跳ねている癖のある髪に、空を映した瞳。あまりに“彼”に似ていて、先ほど一瞬だけ勘違いしてしまうところだった。
「・・・」
唇をきつく引き結び。今にも泣き出しそうな少年は、ちらりとだけレナの方を見ると、直ぐに視線を逸らしてしまう。
レナは困ったかのように眉を寄せたが、優しく癖のある頭を撫でると、ふわりと頬笑んだ。
「大丈夫よ。私、悪い人じゃないから…」
自分でそんな事を言うのもおかしいが、そんな言葉に少年は単純にも「ほんとう?」と上目づかいでレナを見つめた。
レナは小さく頷くと、安心させるかのように微笑みかける。
「あのね、あのね。ぼく、おとうさんと逸れちゃったの。おとうさん居ないの…」
「まあ、大変。お父様は近くに居るのかしら…」
「わかんない……」
不安からか、再び俯いてしまう。そんな少年を放って置けるはずもなく。レナは、小さな手を取ると、「じゃぁ、一緒に探しましょう」とやんわりと微笑んだ。
「うん!ありがとう。おねえちゃん…」
ニコニコの笑顔に、レナもついついつられて微笑んでしまう。
先ほどの苦悩が無かったかのように今は笑える。この少年の笑顔には魔法があるようだ。
互いの手を繋ぎながら並んで歩く。一人で不安だったのだろう。握りしめている手の力が少しだけ強い。
歩いている途中。会話らしい会話はないが、それでも少年がニコニコ微笑んでいるので、それはそれで良いかな?と、レナは思った。
握りしめている手の温もりが、優しくて、温かくて…
ポトリと落ちた雫に二人は顔を見合わせる―――その瞬間。雫が大粒の雨に変わる。
慌てて二人は近くにあった木まで走った。息を切らせながらも、丁度良い大きさの木にたどり着いた二人は、大きな幹を背に並んで座る。
しとしと
しとしと・・・
静かな雨が降る―――…
空を見つめていた少年がギュツ。と、レナの手を握りしめた。
思わず「どうしたの?」と、少年の方へと視線を向ける。
「ぼく、一人…なのかな?」
「え?」
「おとうさん、見つからない…それに」
呟いた少年の寂しげな瞳に、レナの心がちくりと痛む。
俯いている少年の表情は伺えないが、握りしめていた手が少しだけ強くなった。
「おかあさん。遠くへ行っちゃったんだ。ぼくにも行けない遠い所…おとうさんが言ってた」
どんなに望んでも、願っても。もう、二度と会えない。
まだ小さな歳なのに、少年は会えないと言う寂しさを抱えている。
「このまま、ずっと…見つからなかったら……」
少年は、吸い寄せられるような瞳でレナを見つめていた。
瞳の奥に隠されている悲壮は、何よりも悲しみに満ちていて…
握りしめる手に、力が込められている。
微かに震えているその手を、レナは包み込むかのように握り返す。
「大丈夫、大丈夫よ。貴方は一人じゃないわ。お父様も居る、そしてお母様も…」
「おかあさん…も?」
ゆったりと目を細め、少年の頭を優しく何度も撫で。物語を聞かせるような口調で静かに言葉を紡ぐ。
「目を閉じて大切な人を思うの。そうすれば、いつでも。どんな時でも会えるわ。貴方の心の中に、お母様は生きて居るの…」
「こころの…中に?」
小さく首を傾げ、少年はレナを見据える。大きな丸い空色の瞳が、何度も瞬きを繰り返す。
そっと少年の胸に手を当ててレナは優しく微笑んだ。
「目を閉じて、思いえがくの…」
「んー」と唇を引き結び。空色の瞳を閉じる。暫くの静寂の後、レナは少年に問いかける。
「会えた?」
「うん!おかあさん笑っていたよ」
「ね…」
にっこりと満面の笑みの少年は、真ん丸の頬っぺたを赤くして、嬉しそうに笑う。レナもつられて微笑んだ。
繋がれている手が一層。温かくなった。
しとしと
しとしと・・・
雨は降り続ける―――。
大きな木に凭れ掛かり、レナと少年は寄り添うように身を寄せた。肩から伝わる少年の体温はとても暖かい。
重なっている手は小さく頼りないが、しっかりと握りしめている。
心地よい温かさ。如何して…だろう?とても…眠い……
目を開けて居られないほどの睡魔に、レナは瞳を閉じる。
同じくして、少年も空色を映す瞳を閉じている。
「おねえちゃん。また…会える?」
「きっと会えるわ…貴方が忘れない限り。きっと…」
「やくそく…だ・・・よ」
「ええ、約束……ね・・・」
どんどん小さくなる互いの声。夢か現かの約束を交わし、レナは暫しの眠りについた。
深く、深く…どんどん深く。何処かへ落ちていくような、そんな不思議な感覚―――。
―――ポトリと、水滴がレナの頬を濡らす。
頬に零れ落ちた雫に、我に返ったレナは瞳を大きく見開く。
辺りを見渡し、先ほどいた筈の少年を探すが、何処を探そうが少年の姿が見当たらない。まるで初めから何もなかったかのように“そこ”は、静寂を保っていた。
森の木々が風に揺れている…
ぼぅっとした瞳で、辺りを見渡す。
覚醒しきって居ない頭で懸命に思考を働かせるが、頭に霧がかかったかのように、ぼやけて霞みがかっている。
「夢…だったのかしら?」
握りしめていた互いの手を見つめるが、しかしその先に少年は居ない。
ただ。僅かだが、手に残っていた暖かい温もりだけは、確かにこの手に残っている。
「きっと、又。会えるわよね…」
微笑ながら呟いて、まだ温もりが残っている掌を空(くう)へと翳す。
木々の隙間からは、太陽の光が全身を照らしていた。
眩しい光に目の先にぼやけて見える茶色い―――……目を細め、光へと視線を向ける。
あの少年―――…?
「レナっ!!」
「え―――?」
心配そうに息を切らしているのは、少年ではなく、青年。
まるで一人だけ一気に時空を超えたような…。そんな変な感覚に襲われる。それとも、これも…夢なのだろうか?
「レナ、探したぞ…」
「う…ん…」
彼女らしからぬ上の空な受け答えに、バッツは思わず眉を寄せる。
じっとレナを見つめるが、その瞳はどこか遠くを見ているようで…
「おいおい、大丈夫…か?まさか、怪我しているとか!?」
「えっと、だいじょうぶ…よ」
心配そうにレナを見つめるバッツの声に、一気に現実に引き戻されたのだが、何処か夢心地のようだった。
呼吸を整え、何度か瞬きを繰り返し、レナはようやくバッツの顔を見た。
「ごめんなさい。道に迷ってしまって…。でも、私がここにいる事、良く分かったわね」
道に迷った手前、言えたことではないが、よくこんな森を探せたものだとレナは感心してしまった。
下手をすると、彼も迷ってしまいそうなのだが…
「うーん。まさか、レナが居るとは思わなかったよ。でも、何て言うか…子供の頃。この辺で迷って、不思議な体験したんだよなー。急に思い出して来てみたら…」
と、話を切り出し、バッツはレナを見た。
しっくりこない感じだが、そういう事か。と、レナはこくりと頷いた。
でも少し気になる事がある。
”子供の頃の不思議な体験”
バッツにそう言われてレナが、首を傾げた。今、まさに自分もその”不思議な体験“をした事が脳裏をよぎる。
そう言えば、先ほどの子供。何となくだがバッツの面影がある様な。似ていない様な…
「きっと、気のせい…よね」
肩を落としレナは息をついた。
今、彼の年齢は20歳。先ほどの子供は、如何見ても3歳~4歳位の子供。彼とは年齢の差がありすぎる。それに彼に兄弟が居たなど、聞いたことすらない。
他人の空似――世界中から探せば、自分に似ている人間など一人二人位は居るだろう。
「じゃぁ、皆の所に戻るか…」
さも当たり前の様にバッツはレナの方へと手を差し伸べる。
レナは彼の大きな手を見つめ、少しの間だけ考えたが、差しのべられた大きな手を戸惑いがちに取った。
「ほら。これでもう、逸れないだろう?」
「…そうね」
子供扱いされているようで、ちょっとだけムッとしてしまいそうだったが、
彼の小さな優しさに、苦笑いを零し、レナは笑う。バッツもつられて笑う。
繋がれた互いの手。
しっかりと握りしめて…
「バッツの手。凄く、あたたかい…ね」
そう呟いて、レナは少しだけ握りしめる手に力を込める。
「そ、そうか?」
思わぬ行動に少しだけ驚いて、恥ずかしそうにバッツは視線を背ける。
そんな彼の行動がおかしくて、レナはくすくすと笑ってしまう。
「別に俺の手なんか、良いもんじゃないと思うけどな。傷だらけだし…」
大きくて、武骨で、傷だらけの手…
それでもレナは、この手が大好きだった。彼の手に包まれるのが嬉しかった。
「私は、好きよ…」
「えっ!?」
レナの言葉にグリン。と、バッツの首が素早く回る。
何事もなかったかのようにレナは微笑んでいるものだから、バッツは気まずそうにポリポリとこめかみを掻いた。
繋がれた手から伝わる温もり。
温かくて
優しくて―――
ああ、私。この感触を、知っている。知って…いるわ……
「(あ―――)」
握りしめてくれている大きな手から伝わる温もりに、
何処かで感じた懐かしさ…
「(まさか、ね…)」
でも、もし。もしも、あの時の約束が果たされるのなら、
それはとっても素敵な事じゃないかしら?
ねぇ、バッツ。貴方は聞いてくれる?
夢のような、不思議な話を…

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