貴方が私を助けてくれたあの時―――私の心の奥深く。何かを感じた気がしたの。
貴方と出会えて沢山の事を知って、沢山のものを貰った。
だから、今の私が在るのかな…
あおの記憶~Lenna~薄暗い部屋の中。頼りないランプの炎。暖炉の炎はずっと以前に消えてしまった。
外では雨降っているのか、少し肌寒い感じがする。
あの後、彼は私の事を気遣ってか、宿へと案内してくれた。本当は気が進まなかったけれども、何となく。彼に従ってしまった。
迂闊な行動だとは思っても、如何してなのかしら…。彼の蒼を見ていると、私は、私ではなくなるような、そんな不思議な感覚に囚われる。
不思議な…人。
少し癖のある茶色い髪。広い空を映したかのような吸い込まれそうな蒼の瞳。
目の前に居るこの人は、あの人にとても似ている。ただ一つを除けば…
あ、―――…
目と目が合うが、居た堪れなくなって逸らしてしまった。悪い事をしてしまったと思いながらも、彼の蒼を見るのが、今の私には苦痛以外の何物でもない。
長い沈黙を破ったのは、彼の言の葉―――
「それ…は?」
「え?」
彼の視線の先―――それは?と、何に対して問うているのだろう?と。そんな事が頭をよぎったが、何も言わずとも、彼が何を言いたいのか何となく分かった。
ラピスラズリの石のリング
あの人に託された大切な…
「―――これ…は。これは、大切な人の物なの」
たいせつな…大切な人。
今でも鮮明に思い出す。蒼―――あの人の色。
あおの・・・・記憶
居ないのに。あの人は、もう何処にも居ないのに…
分かっている。
理解(わかって)いる。
グッと奥歯を噛み締める。泣いては駄目だと分かっている。それでも、気を抜けば涙が零れ落ちてしまいそうだ。
視線を感じ、ふと顔を上げれば。悲しそうな蒼が―――私を見つめている。
「…ごめんなさい」
一瞬だけ感じた、不思議な胸の痛み。
床に視線を落としたレナは、彼に聞こえないようにポツリとつぶやいた。
分かっている。彼は悪くない。悪いのは自分だ。居ない人への幻想を抱き。まして彼と、今、目の前にいる人を重ねてしまうなど…
「(違う…のに。あの人と、この人は全く別の人。違う人なのに)」
あぁ、私。忘れられないのね。あの人を…
うぅん。忘れられる筈、ない―――。
リングに手を添えると、ラピスラズリの石がランプに照らされ、鈍く光り輝く。
淡い石の色は、あの人と同じ…蒼。
何度も何度も指輪を撫でる。いつの間にかの習慣と言うより、もう癖になっている。
それは唯一の“証”がここに在るという事が一番よく実感できる事からの癖なのだろうか。いや、単純に落ち着くのだ。
静かな時間(とき)が流れる―――。
「(気まずい…わ)」
目の前にいる人は終始無言。ただ、じっとこちら見ている気がするのは…意識過剰なのだろうか?
悪戯に流れる時間。いい加減に居心地も悪いし、何より気まずい。だからと言って、自分は彼に対して何を言えば良いのだろう。
会話の話題が思いつかない。と、言うより何を言えば良いのだろう。「本日は、お日柄もよく…」
……何がしたいのだろう。
「(うぅ、何を考えているのよ私ったら)」
恥ずかしさから、真っ赤に染まりそうな頬。口下手な自分が恨めしい。
あまりの居た堪れなさに、もごもごと口を動かす。
兎に角。何かを言わないと…何か、何か…、なにか…
ぐるぐる廻る思考。
だが、考えれば考える程。何を言って良いのか、如何すれば良いのか、分からなくなってしまう。
頭の中は真っ白で、手には汗がにじんでしまう。
何かを感じ取ったのか、目の前に人は小さなため息をつくと、意を決したかのように遠慮がちに視線を合わせた。
「あ―――。その、ごめん…。」
「え?」
一瞬。何に謝られているのか理解できなかったレナは、思わず間の抜けた返事をしてしまった。
男は少し癖のある茶色い髪をポリポリと掻きながら、気まずそうに呟く。
困ったかのように笑っている口。それでも蒼い目は優しく笑っている。
「レナが記憶喪失だって知らないで、俺。色々嫌な事言ったし、無神経な事言ったな」
「でもそれは、貴方が悪いわけではないと思うわ」
「うん。そうなんだけど…あー。もー。なんて言えば良いんだ。うん。レナが無事でよかったって真っ先に思って…でも、あの時。俺、やき~~っっ……」
そのままぐしゃぐしゃと髪を掻き毟り、テーブルに突っ伏してしまったまま動かなくなってしまった。恥ずかしかったのだろうか?心なしか耳が赤い気がする。
視線がぶつかると、安心させるかのように笑顔をこぼした。
あ―――、
この人…悪い人じゃないんだわ。きっと、この人も色々混乱していたのね。私は知らなくても、この人は私を知っている。
分かった。何も分からない自分でも、一つだけ分かる。この人は私を必死に探してくれていた。心配してくれた。
レナは小さく頷くと視線を上に向けた。
一瞬だけ目が合う―――が、やはりまだ蒼を見る事は出来ない。
逸らかす様に。両手をきつく握りしめ、微笑む。
「ありがとう…」
つくりと、胸の奥の傷が心を蝕む。
あぁ、この人はあの人に似ている。外見だけじゃない。きっと、その心も。
蒼を思わせる。あの記憶も…
全部、おんなじ―――…
まだ彼がどんな人で、誰なのか分からない。記憶の海は何処までも深く、何も思い出せない。
でも…ね、少しだけ分かった事があるの。
きっとこの人は、本当に私を心配してくれていた。
沢山の世界の中。私を探してくれた。
心配してくれて、私を探してくれて…ありがとう―――。
そっと述べる感謝の言葉に、精一杯の思いを込めて…
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