ずっと、ずっと待っている。
何年でも、何十年でも貴方を待っている。
貴方が迷わないように。帰る場所が分かるように。
私はここに居る。
ここに、居るから―――…
お帰りなさいを貴方にあの戦いから一年の月日が流れ。水も、火も、土も―――風も。全て何事もなかったかのように、元の美しさを取り戻した。
世界中で歓喜の声が響く中。心の奥底で、全てを喜べない私が居た。
世界が元に戻って嬉しくない筈がない。元の平和な世界になる事は、私達も望んだ事だ。
沢山の命が失われ、沢山の犠牲があった。これ以上“死”を見たくなかった。犠牲を増やしたくはなかった。世界から笑顔が消えてしまうのが怖かった。
だからこそ。危険だと分かっていても、戦いを止めなかった。
誰もが望んだ美しく平和な世界。
でも、
でも…ね。
とても、悲しいの。とても、淋しいの。
とても、苦しいの……
如何して悲しいのか。淋しいのか。苦しいのか…
そんな事。理由を言わずとも、私の心は分かりきっている。
確かに、全てが元に戻った。
でも、私にとっては、全部が元に戻ったわけではない。
あの人が居ないと言うのに、それが如何して、全て元に戻ったと言えるの?
人と言う存在は世界にとって、小さな存在で、一部と言う存在なのかもしれない。
でも、私にとってのあの人は、全ての世界。私にとってはあの人は一(いち)と言う存在であり。全(ぜん)と言う世界だから…だから、あの人が居ない世界は私にとって、何も無い世界。
あの人が一緒だったから、私は私で居られて、私が生きてこられた。
それなのに―――、
如何して、
如何して、私はここに残されているのだろう。
貴方は何処にも居ないのに…
「バッツ…バッツ……」
何度名を呼んでも、何度叫んでも、応えが返ってくる事は無いと分かっている。それでも、私は何度も、何度でも、彼の名を呼ぶ。
そうしないと空を映した瞳も、屈託のない笑顔も、優しい彼も、私を呼ぶ声も、忘れてしまう。消えてしまう。
全てが、思い出になってしまう。
「貴方に、あいたい…。逢いたいの―――」
小さく呟く言葉が風に消え、止めどなく頬を伝う涙は雫となって地面に落ちた。
横に居たファリスが、私の肩に手を置き。慰めるかのように優しく叩く。
手向けられた花は、風によって散っていく…
ファリスも、クルルも、誰もが彼の帰りを待っている。
ずっと、ずっと…ずっと―――…
ふわりと風が、頬を掠め―――と、名を呼ばれた気がした。
「―――バッツ?」
弾かれたかのようにレナは、顔を上げた。風が一陣吹き、一瞬の閃光に目を細めた刹那―――「―――えっ?」
そこに立つ青年の姿に、レナの時が止まった。
瞬きを繰り返し、「これは夢?」と頭の中で何度その言葉を駆け巡らせる。
長い時間(とき)。そこに居たようだったが、実際はほんの一瞬の出来事だっただろう。だが、それ位。今、起こっている事が信じられない事で…
瞳に映った姿は、ずっと求めていた彼。ずっと探していた彼。
レナは大きく目を見開き。息を…呑んだ。
今、目の前に居る彼は、本当に彼――なのだろうか?
本当の、本当に。あの、彼なのだろうか?
ゆっくりと男の方へと歩を進める。姿を確認し、確かめるかのように恐る恐る触れる。
胸に、肩に、両頬に…
――きえ…ない。消えない。
彼は、ここに居る。ここに…在る。
伝う涙を拭う事無く、私は彼の肩に額を寄せる。
少し驚いた様子で私を見ていた彼だけど、「ごめん…」と、一言だけ言って、私の肩に手を置いた。
肩から伝わる彼の熱は、伝染するかのように全身を駆け巡る。
変わらない笑顔と声――…
「ずっと、ずっと貴方に逢いたかったの…バッツ」
震える声で名を呼ぶと、バッツは笑顔で私の涙を拭って、やっぱり優しく笑った。
懐かしい香いがする。草原と風の香い…
「レナ。俺―――…」
「っ―――、バッツ。お、まえ…お前はぁ―――!!」
「あ―――、」と、クルル言う間も無く。勢いよくバッツからレナを引きはがし、ファリスが胸座を掴み―――…
「いっ、てぇぇ―――!」
殴った。
それは、それは、手加減も容赦もなく。
殴られた後ろ頭を擦りながらバッツはファリスを見た。クルルも、まん丸の瞳を更に丸くさせて、驚いている。
口をへの字に曲げ。横目で睨み付けるようにバッツを見ていたが、やれやれとばかりにファリスは口を開いた。
「帰ってくるのが遅せぇんだよ。この馬鹿」
そう言いながらも、嬉しそうに笑みを零している。腰に手を当てながらため息をつくと、ファリスが気まずそうに頭をかいた。
それを嬉しそうに見ているクルル。どうやら今の二人を見て、険しくも楽しい旅をしていた頃の事を思い出していたのだろう。瞳が少し潤んでいる。
「あー。まぁ、その…。よく帰って来てくれたな」
「うん。バッツが無事で本当に良かった」
笑うクルルと、照れているファリス。
どんなに素直でなくとも、ぶっきらぼうに振る舞われても、二人が心から彼の生還を喜んでいる事は、誰の目から見ても明らかだったのは確かだ。
バッツは視線を彷徨わせ、気まずそうに癖のある茶色の髪をポリポリと掻いていたが、ふっと仲間の後ろに居るレナの方へと視線を向けた。
彼女の頬を伝う涙はもう…無い。
それを確かめたバッツは、満足そうに何度か頷くと満面の笑みで笑った。
「ただいま…」
「やっと、逢えたね…」
そう言って手を伸ばした私の手を、彼は迷いもなく取った。
重ねあった手を握りしめ。確かめるかのように、ぎゅっと互いの身体を抱きしめた。
あの時、届かなかった彼の手。
今は、しっかりと握りしめる。
今度は二度と離さぬよう、しっかりと、互いを抱きしめる。
あの時の貴方の言葉を、私はずっと覚えていたの。
「さよなら…」と言った貴方のあの時の表情――今も忘れない。忘れられない。
ずっと、ずっと後悔していた。
最後だったかもしれないのに、笑えなかった。貴方の最後の我儘を叶えてあげられなかった。
でも…ね。最後だなんて、思いたくなかった。
貴方が居なくなる事を、受け入れたくはなかった。
それに、必ず帰って来てくれるって、信じていたから。
今度は、笑顔でこの言葉を貴方に…
「お帰りなさい。バッツ―――…」
PR
COMMENT