その歌は哀しみを深く沈めて世界が無に呑まれ、沢山の命が、記憶が、思い出が失われていく。
目の前でそれを見ている事しかできない私は、無力で、あまりにも非力で…
「バッツ…」
その中には彼の故郷もあった。
小さくて、だが暖かい雰囲気の村。
彼がそこへ帰った時の、あの懐かしそうな顔を今も鮮明に覚えている。
飛空艇の中。背を向けて俯いている彼に、声をかける者はいなかった。否。掛けられない。そんな雰囲気を彼は醸し出していた。
一人にしてくれと、何も言わないでくれと…無言の威圧感を感じる。
短くない付き合いの仲間達には、何も言わずとも、それが痛いほど理解できる。彼らも同じ大切なものを失ったのだからそれは尚更で…
「今は、一人に…してやろう」
そうファリスが言い、飛空艇を後にする。クルルも、何度も振り返りながら心配そうにバッツを見て、首を横に振るとファリスの後を追った。
レナは、ただ立ち尽くしていた。
彼の背に手を伸ばすが、躊躇し手を下へと下した。
気配を察したのか、バッツがいつもの軽い口調ではない低い声で呟く。
「一人に、してくれ…」
「あ、―――」
言葉が出てこない。何も思い浮かばない。
苦しくて、胸が潰されそうで…
ああ、こんな時。如何して私は何も出来ないのだろう。
優しかった母も、聡明だった父も、大切な仲間も、大好きだった人達も、誰一人救えなかった。
今、ここに居る彼の心さえも救えない…
「レナ。頼むから、一人に…してくれ!!」
聞いた事のない彼の怒鳴り声。自分に向けられた拒絶。
空が避けるほどの叫びに、張りつめていた何かが弾けて・・・
「でき…ない。出来ない…よ。バッツを一人にできない…」
ずっと後ろを向いているバッツの背にレナは額を寄せた。一瞬だけ、ピクリと揺れた背中―――だが、男の拒絶は無かった。
背中越しに伝わる温もりに、ただ身を寄せる事しかできない。言葉をかける事もなく、時間だけが静かに過ぎる。
俯いて、肩を落としている彼の顔は、一体。どんな表情をしているのだろう。
長い沈黙が、悲しみを一層強めているような気持ちにさせる。
「リックスは、俺の故郷だ」
ポツリと呟いた声は、刹那に消えてしまいそうで―――それ程。彼の声は衰弱していた。今触れてしまえば、粉々に砕けてしまうくらいに繊細で…
「俺は、無力だ…。守れなかった。大切な、大切な。思い出も、人も・・・全部っ―――…」
あっ――、と息をつく間もなく。レナは痛いくらいにきつく抱きしめられていた。美しい空を思わせる蒼の瞳も、今は暗闇を映したかのように虚ろになっている。
「っ、ごめん…」
「うん・・・・」
レナはバッツの背に腕を回し、優しく頭を撫でた。「ごめん」と呟くたびに、何度も相槌を打ち。愛しげに頭を撫でる。
宥める様に刻むメロディーを子守唄のように繰り返し、繰り返し…口ずさむ。
お母様。お父様。ガラフ。沢山の人の命…
笑ったり、悲しんだり…関わりあった沢山の思い出は、無情にも目の前で消えていった。
―――私こそ、無力だわ…
本当は泣きたい。大声を上げて叫んでしまいたい。
でも、そうなってしまったら、きっと立ち止まってしまう。支えを失った足は二度と立ち上がらなくなってしまう。
貴女の助けになるのなら、
貴女が幸せなら、
頑張れる。私は私でいられる。
だから―――涙をこの歌に変えて、私は歌う。
失われた命の為に
哀しみを乗り越えようとしている貴方の為に
哀しみをこの歌にのせて―――…
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