水は手からすり抜ける
時には潤いを、時には戒めを…
誰のものでもない。誰のものにも出来ない。捕えられない水―――…
それは、本当に私…なの?
ventus&aqua~無自覚な嫉妬~「あれ、誰?」
くすりと笑みを浮かべる彼の顔は微笑んでいる。笑っているのだが、瞳は一切。笑ってはいなかった。
凍りつくのではないかと言う位に冷たく、そして美しい恐怖を思わせた蒼の瞳。
負けずと彼を射抜くように見つめるが、無言の訴えにも動じる事なく彼は肩をいとも簡単に壁側に押し付けた。
「誰―――?」
耳元で囁く男の言葉に、くすぐったさからなのか?それとも、別な何かからなのか?背中がゾクリと疼くのを感じた。
このままではいけないと、思った事が浅はかだったのだろうか?
届かない思いなら一層。誰かの元へと堕ちるのも、それはそれで良いのかもしれないと思った事が何かの間違いだったのか…
彼を忘れたかった。一刻も早く。手遅れになる前に…
でも、結局は…出来なかった。忘れなれなかった。
彼の言う“誰”とは、結局何もない。
ただ、一人で考えて居る時に、声を掛けられただけだ。
一瞬。ほんの一瞬だけ…この人の所へ行けば彼を忘れられるのだろうか?と思ったが、
結局は言葉を返す事さえなかった。
気が付けば、仲間の居る宿屋の前。
如何してこんな事になったのだろう。何がいけなかったのだろう。
ああ。それは、それはきっと、全て…なのだろう。初めから。最初から。彼に想いを寄せている事を自覚した時から“それ”は、始まっていたのだろう。
何も答えない自分に、彼は「なら、良いよ」とだけ呟いて、私の拘束を離す。
どこか冷めた瞳に、如何する事も出来ない心。止められない想いは、素早い行動と言葉で示されていた。
去ろうとする彼に、戸惑うことなく「待って…」と小さく呟き。服の端を掴んだ。
上目づかいに見つめる翡翠の目から、薄っすらと涙が滲んでいるのを見た男は、満足そうに微笑むと、遠慮なくか細い腕を掴み部屋へと強引に引っ張る。
乱暴に絞められたドアを背に、かちりと鍵を閉める音―――どさりと柔らかなベッドに寝かされた自分は、どこか遠くでそれを見ているようで…
深い闇へと誘うかのように、彼の呪縛へと再び囚われる。
軋むベッドと、互いの荒い息。
目の前に広がる蒼に、夢中で問いかけるかのように声を立てる。
「っ―――。はっ、んっっ…」
絡み合う息と唾液。息つく間もなく舌をねじ込められる。
いつもより少々強引で荒い愛撫。それでも、与えられる熱は、しっかりと彼を覚えているレナを捕えて離さない。
背中に腕を回され。力を込めて抱きしめられる。
あまりに力強さにレナの背中がギシリと軋んだ。
「誰も見ないで、俺だけを見てれば良いから」
微笑む彼があまりに美しくて、怖くて…私はこくりと頷く事しかできない。
酷い人だと思う。
この心を捕えた貴方は「本気にならないで」と、言ったくせに。如何してそんな事を言うのだろう。
甘く、残酷な束縛。
絡め取られた糸…はきっと二度と解けない。
誰のものでもない。誰のものにも出来ない水―――
でも・・・ね。
風が水を捕えるから。
二度と離さぬよう、強く吹き付けるから…
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